登鯨・得次郎(徳次郎)鍛冶刀工群

室町時代に登鯨(トクジラ)又は得次郎と呼ばれる刀工群が下野国と武蔵国にいたと云われています。
この刀工群は武蔵国の下原刀工と関わりがあると思われ、明和五年(1768)の『古今類字銘尽』に【周重】は「登鯨ト云、下原トモ 文亀」とあります。
周重が何処の地より武蔵国の下原に移住したのかを探る上で重要なポイントととなるのが「とくじら」と呼ばれる刀工群の刀剣を発見することです。その地鉄の鍛えから、登鯨と下原の関わりを裏付け出来るからです。
日本美術刀剣保存協会東京多摩支部では下原刀の研究をしており、その成果として『武州下原刀図譜』を出版致しました。しかし、研究の余地を残す部分もあり、新資料の発見を待つ処です。更に追録を発行するべく現在も新資料を集めています。
登鯨の刀剣をご所蔵の方は是非ご連絡ください。

刀工 久保田宗明

久保田宗明は岩手県の郷土刀で県内随一の名声を誇る刀工と云えます。

久保田家は宗明の曾祖父の時代に一関藩田村家の家臣となり、御徒士の職を勤めていた。宗明の父良蔵は久保田家の聟養子であり、良蔵の実家は鉄砲鍛冶であることから、良蔵も御徒士の勤務の傍ら鉄砲鍛冶としても活躍していたと云う。
宗明は岩手県西磐井郡下黒沢村で天保二年六月二十一日良蔵の次男として生まれ名を文吉と云う。幼少より家業の鍛冶を手伝っていた。
嘉永の初年頃、藩命によって江戸の固山宗次に入門し、研鑽の甲斐あって安政三年十二月、宗明二十三歳にして刀工の免許を取得することができ、翌安政四年に帰国し鍛刀に励みます。しかし、刀剣や火縄銃の製造も明治九年の廃刀令により断念するところとなる。明治五年には実名を「文吉」から「宗明」に改めているが、やはり刀匠としての誇りを持ち続けたかったのでしょう。
その後は刀工から野鍛冶となったが、明治二十一年八月十二日、五十八歳で他界した。

刀銘は「宗明」「久保田宗明」「一関士宗明」「一関士源宗明」「源宗明」「陸中国宗明」「陸中国一関宗明」等と切り、「陸中国」を冠するのは、一関藩は東北戦争終結後の明治初年に陸奥國から分立した陸中国の支配下になったからです。

久保田宗明の門人二は、明弘・明国・正直・久春(鉄砲鍛冶)などが知られています。

刀工 小谷包義

包義は本名を義三と云い、明治二十七年に岐阜県の牧田村(上石津町から現在の大垣市)に長男として生まれ、小谷家二代目の鍛冶職を継ぐことになります。
後に、刀工を志し栗原昭秀(彦三郎)門人となります。研鑽の効ありて刀工として頭角を現し、昭和十六年九月二十日の第一回師範講習会開講式に参加しています。初期の切銘は「美濃養老住小鍛治包義作」、「美濃養老山麓住小谷包義作」と楷書で切り、後に「牧田住小谷包義作」と、書家の大野百錬より手ほどきを受けたと思われる草書で切っています。昭和二十五年四月、五十七歳で没。弟子の高木義直は終戦で作刀を断念しました。
包義は軍の要請を受け作刀に心血を注いだと云われています。栗原彦三郎が主管する日本刀学院に籍をおき師範として活躍しており包義の作刀技倆は高く、昭和十二年文部省後援で開かれた上野東京府美術館の第二回日本刀展覧会に出品して以来、終戦の前年まで出品を続けられ数々の賞を受賞しています。昭和16年新作日本刀展覧会では第一席の栄誉に浴し、また、昭和十八年四月十日の文部省後援第八回新作日本刀展覧会では、主催者は侯爵大隅信常、陸軍大将荒木貞夫、海軍大将竹下勇、陸軍中将渡辺寿、福嶋保三郎、栗原彦三郎などの著名人で、包義は特選入賞を果たし、聖代刀匠位列では貴品の列に名を連ね最上大業物横綱格の評価を得ています。同年五月には陸軍中将渡辺寿と栗原彦三郎が小谷包義の日本刀鍛錬所を視察しており、包義の名人振りが窺い知れます。また、昭和十七年に頭山満翁米寿奉祝刀寄贈刀匠(刃長八寸八分の短刀八十八振りを、八十八人の刀匠が各一振りずつ打った)にも選ばれています。
名人と云われた包義ですが、昭和二十八年の美術刀剣製作承認による日本刀製作再開を待たずに若くしての逝去が惜しまれます。作品は少なく包義を知る上で貴重な一振りとなります。kaneyoshi-nakagoL
ここに見る包義の作は一般的な軍刀体配とはやや趣を異にしており、長さは短めながら中鋒が延びた姿は明治初年頃の刀を思わせる処があり、恐らく注文打ちであろうと思われます。地鉄は鍛え傷無くよく詰んでいて、刃紋は関の兼元が得意とする三本杉を写しで、元を直ぐに焼出し乱れの刃紋は明るく冴えており乱れの谷には沸が降り積もった雪の如く溜まり、帽子は乱れ込み小丸に返るなど素晴らしい出来となっています。また、本刀は差し込み研ぎであるために三本杉の刃紋が直接見える処など一般の方でも理解しやすい研ぎです。更に幕末頃と思われる時代の変塗鞘打刀拵が付いており、柄巻きは細かな菱で巻き上げ良くできており、鍔は幕末に流行した南蛮鍔となっています。

展覧会受賞歴
s13.11.26 第三回新作日本刀展覧会:第四席金牌 s14.11.26 第四回新作日本刀展覧会:第三席総裁大名誉賞・推薦
s15.03.29 第五会新作日本刀展覧会:第二席推薦
s16.03.27 第六回新作日本刀展覧会:第一席特選
s17.04.02 第七回新作日本刀展覧会:元老名誉作・準元老十二傑作文部大臣賞・特選
s18.04.02 第八回新作日本刀展覧会:貴品の列特選

刀は借り物、大切にしましょう

そうなんです、刀は借り物なのです。
それは古より現代に至るまで人から人へと歴史を刻みながら伝えられてきたもので、名の知れた刀から、それ程でもない刀までが、また、正真物のみならず偽銘のものまでもです。更にこの先未に向けても伝えて行かなければ成りません。
人の寿命の何倍もの歴史を持つ刀ですから、自分はその流れの中で刹那な一時を楽しませてもらっているのだと思うと、究極の物を追い、より良い刀、良い刀をと求めてみても儚くも感じられます。
財力に任せて縦横に蒐集すことが出来る方や、刀剣学の学者を目指すような方は別として、一般的には自身のお小遣いの範囲で楽しめる物を求めるのがよいのではないでしょうか。そして刀剣の勉強が進に連れステップアップすればよいと思います。
正真の有名刀工の作品は高価です。多少の瑕疵があっても安価で充分楽しめる物があります。自身が楽しんだ後は、また何処かの誰かがその後を継いで行くものです。所詮刀は借り物です。ですから刀を大切に扱いましょう。

日本刀の一番の見処

昨今では日本刀に関する書籍が数多く出版されていて、名刀の話や刀身・拵え等のビジュアルな紹介もあり読者を魅了させてくれるものがあります。
また、実物の真剣を手に取るとその重量感に多くの方が「わ~重いんだ」と、武士の魂と云われる言葉の重みにも改めて感動することが出来ます。

書籍などで得た知識では特に刃文の乱れが感心引き、殊に丁子乱れの刃文の美しさは大いに絶賛することでしょう。
刀の美しさは姿形・地鉄・刃文と見処があります。反りの少ないものより腰で反った姿は美しく、直刃より丁子乱の刃文は感動的と思うのは一般的に目が奪われるところで至極当然のことでしょう。しかし、地鉄のことになると見過ごしてしまいがちになります。
しかし、この地鉄こそが日本刀の真骨頂とも云えます。鋼を折返し鍛錬し鍛えた地鉄の肌には杢目・板目・柾・米糠肌等と称される独特の肌模様が現れます。
無地風な地鉄に華やかな丁子乱の刃文を焼いても今ひとつ味わいが足りない感じがし、また、派手さのない直刃を焼いたものであっても、杢目肌や地景が現れた地鉄の作品には、折れず曲がらずの如く打ち鍛えた結晶が美しく、より感動的になれるものです。